美容医療とホームケアをつないできた40年の歴史
「ビタミンAが肌に良いらしい。」
今では多くの方が一度は耳にしたことがあると思います。
でも、ビタミンAは突然注目された成分ではありません。
実は40年以上にわたり、皮膚科学の研究とともに発展し、美容医療、ホームケア、そして一般化粧品へと、それぞれ異なる道を歩みながら進化してきました。
今回は、ビタミンAオタク視点で、ビタミンAがどのように現在の美容医療やスキンケアにつながっているのか、その歴史をご紹介します。

1980年代 美容医療で始まった「攻めるビタミンA」
1980年代、皮膚科ではビタミンA誘導体であるトレチノインを用いた治療が注目されるようになります。
その代表的な存在が、皮膚科医のZein Obagiです。
オバジ医師は、トレチノインによって意図的に皮膚を生まれ変わらせる「積極的な皮膚リモデリング」を確立しました。
肌を剥離させながら短期間で変化を目指すこの考え方は、現在のゼオスキンにも受け継がれています。
ビタミンAは、「肌を大きく変える治療薬」として美容医療の現場で発展していきました。
日本で進化した「東大式トレチノイン療法」
一方、日本人を含む黄色人種では、トレチノイン治療による炎症後色素沈着(PIH)が課題となりました。
そこで東京大学医学部附属病院では、トレチノインとハイドロキノンを組み合わせ、日本人の肌に合わせた治療法が研究されます。
こうして確立された「東大式トレチノイン療法」は、現在でも多くの美容クリニックで受け継がれています。
日本では、「効果」と「安全性」の両立を目指したビタミンA治療が発展していったのです。
同じ頃、生まれたもう一つの考え方
ほぼ同じ時代に、全く異なるアプローチを始めた医師がいました。
それがDesmond Fernandesです。
フェルナンデス医師は、紫外線による光老化に早くから着目しました。
「肌は年齢ではなく、毎日受ける紫外線によって老化していく。」
そう考えた彼は、肌を激しく剥離させるのではなく、毎日ビタミンAを補給し続けることで、肌本来の働きを守り、生涯健康な肌を維持する。
という発想でホームケアをスタートさせました。
これが現在のエンビロンスキンケアにつながる考え方です。
つまり、
美容医療は「短期間で肌を変えるビタミンA」
エンビロンのスキンケアの概念は「毎日肌を育てるビタミンA」
という、二つの流れが生まれたのです。
してビタミンAは、誰もが使える時代へ
その後、日本でビタミンAを一般の方へ広く普及させた大きな出来事がありました。
それが資生堂による純粋レチノールの開発です。
資生堂は1980年代から約30年にわたりレチノール研究を続け、化粧品に安定して配合する技術を確立しました。
さらに、日本で初めて「シワを改善する」効能を持つ医薬部外品として承認を取得します。
これにより、ビタミンAは医療機関だけのものではなく、ドラッグストアや化粧品売り場でも購入できる身近なスキンケア成分となりました。
日本の厳格な医薬部外品制度の中で、シワ改善という効能が認められたことは、ビタミンAの普及において非常に大きな出来事だったと言えます。
私がビタミンAを選び続ける理由
私が初めて東大式トレチノイン療法を受けたのは約30年前です。
その頃には、すでにビタミンAは美容医療の世界で高く評価されていました。
その後30年間、レーザー、光治療、高周波、超音波など、美容医療は目覚ましい進化を遂げています。
それでも、肌づくりの基本としてビタミンAが重要であるという考え方は変わっていません。
私はさまざまな美容法を見てきましたが、今でも肌づくりの中心に据えているのはビタミンAです。
なぜなら、美容医療がどれほど進歩しても、その効果を受け止めるのは自分自身の肌だからです。
RENKAが大切にしていること
RENKAでは、美容医療とホームケアは対立するものではなく、互いを支え合うものだと考えています。
美容医療で変化を引き出し、その後の毎日のビタミンAケアで肌を育て、守っていく。
この両方がそろって初めて、美容医療の効果を長く維持し、これから先も健康で美しい肌を育てていけると考えています。
40年以上積み重ねられてきたビタミンAの歴史は、「肌を変える」だけではなく、「肌を育て続けること」の大切さを私たちに教えてくれています。


